愛想笑い教育講座

諸事情によりブログ名変更。23歳Gカップの美女だと思って読んでください

僕が関根勤だったころ

結局才能に愛されなかったのだ。
いくら努力しようが限界はある。
何にしたってめきめき上達するような才能ボーイであったならば、努力することだって楽しいのである。

神は僕に何の才能も与えなかったから、誰にでもできる類の技術職に僕を置いた。 
いや、花さか天使テンテンくん的に考えれば、何らかの才能があるのかもしれないが。 僕の頭に咲く才能の花は、あるいは炊飯器にカビを繁殖させるものだったり、アレルギーの才能だったり、乾燥肌の才能なのかもしれない。
だから僕は、僕の興味の範疇に才能を与えなかった神様に文句を言うわけだ。 
神様と目を合わす瞬間というのはなかなか緊張することが多いけれど、こういう時は楽。 
全部、神様のせいだ。

そんなわけで、先の北海道の地震のおかげで馬車馬のように働いている。 
今日東京で行われている友達の結婚パーティーに参加予定だったのに、3万円の航空券をドブに捨てて日給にして1万と少しの仕事をしているのだ。
心に悪いぜ、ホント。

こういう調子なのでめちゃくちゃに疲れて眠るわけだけど、この前、関根勤の夢をみた。 
リアルな羽が生えた関根勤が、地に足をつけて手をたたいて、音もたてずに笑っていた。
飛べよ。

でもなんだって関根勤なんだろう。 確かに僕は中学生時代に関根勤にあこがれていた。 
正確に言えば関根勤の笑い方にあこがれていた。
あの大口を開けて手をBPM20でたたくあの笑い方が本当に楽しそうで、笑わせている側はさぞ愉快だろうなと、必死に体得したもんだ。 
だもんで、中学、高校と僕は関根勤だったわけだが、僕の関根勤時代は終わりを告げるのだ。

高校時代、部活帰りの柏駅南口ローソンにて友人とショッピングを楽しんでいたところ、友人が笑わせてくる。 
僕は条件反射的に反応して関根勤モードに入ったところ、口に舞い込む一匹の蛾。
異常に気付いた僕は林に戻って慌てて吐き出すが、ふんだんに鱗粉を撒いて行った蛾。 
唾液にまみれた蛾は勢い良く地面にたたきつけれれたものの、何事もなかったように去っていった。
洗面所でうがいを繰り返す蛾、不快感と鳥肌はぬぐえなかった。 

この出来事は僕から関根勤を奪った。 
別に懐かしくとも何ともないし、戻ってきてほしいとも思わないけど、深層心理はそういうことになっているんだな。 
むしろ久々に会った関根勤に苛立ちを覚えたね。
夢くらいいいもん見させろよ。
大体、なんでフルネームで呼ばないとしっくりこないんですかね、関根勤って。
関根でもなければ、勤でもない。関根勤なのだ。

ホント、みんな何言っているのかわかんないだろうけど、大丈夫。 僕も全然意味わかんねぇよ。

こんなブログを書かなければ僕は15分早く帰れるってのに、何やってんだか。 

全部、関根勤のせいだ。

祖父とのランデブー

相変わらず親知らずを抜いた穴がズキズキと痛み、冷たい飲み物を飲んでも形容しがたい痛みが右頬周辺をほとばしる。 あの親知らずは果たして僕にとってなくてはならないものだったのではないかと思案を巡らすが、答えなんて出るはずもなく。 時折ご飯粒や麺類が穴におさまることがあるので、これは取り除いてやらねばならない。 つまようじも歯ブラシも歯茎をガシガシやるのが怖くて使えないため、うがいが欠かせないのだ。 うがいといっても目の前の飲み物を口に流し込んだら、グシュグシュとやって飲み込む。 牛乳でもお茶でも何でもござれ。 こうなると祖父、シュンジを思い出す。 島根にある実家を訪れると、いつもシュンジはニコニコと出迎えてくれた。 口数は少ないが威圧感などはなく、ニコニコニコニコ常に口角をあげているのだ。 夕食、決まってシュンジはチーズ一切れを食べ、ウィスキーをツーフィンガーだけ飲む。 少しずつ少しずつ嗜んで、食事の終わりとちょうど同じタイミングでウィスキーのグラスを渇かす。 そして冷蔵庫からお茶を取り出したらば、誰がいようとお構いなしにグシュグシュやって飲み込む。 シズコはいつもいつも「みっともない」と言うが、言葉に力が入っていないよ、ばあちゃん。 きっと数十年同じことを繰り返してきたんだろう、これはこれで、ほほえましい。 そんなシュンジは7年前の大晦日に大往生を遂げている。 前年にシズコが死んでから施設に入っていたが、正月だけは、と自宅に帰ったらそのまま眠るように死んだそうだ。 だから僕はこの親知らずの穴に詰まった食べ物を、飲み物でグシュグシュやっているときには少しだけシュンジを感じることができるのだ。 シュンジが死んで以来心にポッカリと空いた穴は、皮肉にも親知らずの穴が埋めてくれる。 んなわけあるか!!!!

涅槃で待つよ

10月1日より札幌の本社に籍を戻して働いている。

9月におきた大地震のせいで、戻るなり残業残業残業で勤務5日目で25時間の残業。

月150時間ペースである。ふぎょぎょ〜〜!!

週に1回くる今年こそ退社してやろうの波が、今週は毎日僕のハートをノックしている。おやおや、また来たのかい。

我が社はどうやら労基が入っているらしく、残業は最大月45時間を厳守しなければならなくなってしまったらしい。

超えた分は強制的に代休をとって月の労働時間を調整しなければならないのだが、一体どうしろというのだ。

息くさ地獄、加齢臭地獄、おしゃべり地獄の次は残業地獄である。僕が仏教徒であるならば、あと4つの地獄が待っているはずなのだが、お手柔らかに頼めないだろうか。酒池肉林地獄とか無職地獄とか無限射精地獄とか・・・いや、最後のは間違えた。一番辛かった。あ、やめて!!もういってるから!!!!無理無理!!!!

近年は努めて愚痴を言わないようにしていたのだが、もうブログの中ぐらいはいいじゃんか。だって息臭いのも残業たくさんも辛いもん。田中歯科クリニックの腕だって最悪に悪い。まだ歯いてぇしな。

 

さて、南三陸町の職場は平和といえば平和だった。

片道30kmの通勤路がすごく好きだったのだ。

トンビがヒョロヒョロ、キジはケンケン、ヒグラシはカナカナとなき、カーステレオから流れる「踊ってばかりの国」の新譜は何周しても色褪せない。退勤時の三陸道、登米東和ICの向こうにある1級河川を渡れば、眼前に広がる青々としたはずの田んぼは橙色に染まるのだ。

想像してみてくださいよ、車通りの少ない高速道路で順調に歩みを進める普通車。ステレオからは自分の大好きな音楽が流れているときた。そして見事なまでの夕焼け。田んぼではノロノロと進むトラクターと、野焼きの煙、狭い村落道に走る無人の逆光のバス。

朝?朝もいいぞ、朝もやが左右の山を包み込んでいるし、窓をあけて走れば青々とした朝の香りなのだ。

アァ素敵!ちょー素敵!ノンストレスの天国。今日のご飯も明日の仕事も、遠くのお前のことも、歯医者で嫌な思いをしたことも、全部全部忘れられていられる瞬間。

願わくばこの情景を説明するに足る語彙を持ち合わせていればなぁ。

お前らにはわかるまい。わかりたければ、僕と同僚になろうではないか。息くさ加齢臭もセットだけどな!地獄のハッピーセット

 

それでは諸君、涅槃で待っているぞ。

札幌さ帰る

先日親知らずを抜いたことを報告したが、吐血交じりに友人たちに愚痴ったところ、やはり異常事態だったらしい。
通常下の親知らずは注射による麻酔か、もしくは全身麻酔の後に抜歯するものらしく、塗り麻酔で抜歯した友人などただ一人としていなかった。
しかも自律神経もやられたのか、頭痛いわだるいわで酒も4杯飲んだだけでゲボを吐く始末。
抜いてから一週間たった昨日も1日に4錠のロキソニンを服用し、気分はくるみちゃん(メンヘラの女の子)であった。
本当は歯医者に文句の一つでも言ってやりたいのだが、蚤の心臓である僕は今日の朝もバカみたいに白目をむいて涎を垂らしながら「おはようございま~す」と当該歯医者に訪れていた。
診察台に上った後、早口で痛みを訴えかけたものの、何の処置もなし。
眼鏡のおっさんが僕に覆いかぶさって、ピンセットのようなものでチクチクやって抜糸したのち診察終了。
はぁ?なめてんのか?俺のブログの4,5人の読者が黙ってねぇぞ!!とネットで毒づくが、今気づいた。
どうにも嘘のように痛みが引いている。すげぇ~~~!!!
やるじゃん、田中。
痛みの原因はお前の施術によるものだったわけだが。田中。
でもまぁ、なんともなくてよかったよ。田中。
むしろ指、舐めてごめんな。

みなさんはお元気だろうか、僕は歯の痛みも引いてガッツリ元気でやっている。
無敵。サーターアンダギーくいてぇ。
そして今週末はいよいよ札幌へ帰国する。
こうなってはもうウキウキ28歳おじさんなのだ。
こっちの風土は割と好きだっただけに多少の無念はぬぐえないが、口臭加齢臭の空気の底からはやっと這い上がれる。
ざまぁみくされモルボルども!!今生の別れだ!!
札幌に戻ったらおそらく激務であることが予想されるのだが、それでもまぁブログを書くということが習慣化しているため、それなりに更新していくつもりだよ。
これからもよろしくな。

親知らずを抜いた

2018年9月18日(火)
AM11:35
僕は涙目になりながら(あるいは泣いていたかもしれない)血に滲んだフニャフニャのちんぽをしごいていた。気分はウミガメの産卵である。
しかしこの涙はイチモツの不安を募らせたことによるものでも、生命の誕生を喜ぶ感涙でもなかった。

2018年9月18日(火)
AM6:59
眠い目をこすり目を覚まし、一分後になるであろう携帯電話のアラームを予めOFFにする。
だいたい狙った時間に起きることができるので、アラームが鳴る直前に目を覚ますことが頻繁にあるのだ。
そして、右下の親知らず周辺の歯茎が腫れ、ズキズキと痛みを伴うことを確認した。
 
AM7:42
通常なら出社する時間である。
歯茎の痛みは耐えられる程度ではあったが、会社に行きたくないとの思いからAMは歯医者に行くことを決め込み、再び布団に入る。
 
AM8:25
始業時間が8:30であるため、会社に午前休の旨連絡する。
 
AM8:57
近所の歯医者に到着し、受け付けを済ませる。
硝子戸の向こうでは、マスクをつけた歯科助手たちが忙しく歩き回っている。
この世は天国。
 
AM9:15
診療開始。レントゲンを撮る。
「親知らずが奥歯側に60°傾いているため、奥歯との隙間から菌が入り込んでいる。ストレスや疲れから一時的に腫れることはよくあることだ」
とのことだが、どういう話の流れかその場で親知らずを抜く話に。
へへへん、麻酔してポンッだろ。10分もかからず終わるだろう。
 
AM9:40
外科の先生(男)が到着し、抜歯開始。
麻酔薬を塗布し、効き目が出たところでガリガリ始める。
おや、ペンチのようなものでバシッと抜歯できるものではないのか。一抹の不安を覚える。
 
AM10:10
痛みのあまり滂沱の涙。
アヘァ"ッ!!!!と声にならない声を何度も上げる。
手を挙げれば麻酔薬を足してくれるのだが、それでも痛い。
患部はもとより、抑えつける指と開けっ放しの顎が猛烈に痛い。
イラマチオや長時間のふぇらは絶対させないように決意する。
時折バキッと音が聞こえてくる。
 
AM10:20
舌の筋肉の使い方がわからなくなり、何度か先生の指をペロリとする。泣きながら。
敬語だった先生の口調は子供をあやすようなため口に変わってくる。
 
AM10:30
先生が、「どうしよう・・・」とつぶやく。泣く。
 
AM10:40
抜歯終了。
助手のお姉さんがティッシュをくれたので、涙を拭いて鼻をかむ。
どうやら、親知らずの根っこが3又に別れてさらにフックしていたために時間がかかったようだ。
砕けた親知らず片を見るが、でかいし血まみれ。
形を保ったままだったら、前歯が一本ない友達の誕生日プレゼントに持って帰ろうと思っていたが、それどころではなかった。
 
AM11:10
帰宅し、猛烈な痛みを感じつつもAVを立ち上げる。
9月中に限り、北海道のauユーザーは、通信制限が解除されている。
案の定、勃起せず。口の中は血の味。
 
AM11:30
まだ麻酔が利いている口の中の感触に不快感を覚えるものの、ひらめいた。
手に麻酔をすれば、他人に手こきされている感が出て、ものすごく快感なのではないかと。。
以前にも、股ぐらの後ろ側から手を突っ込んだ状態で正座し、手の血液を止めて麻痺させることで、他人にされている感を演出しようとしたことがあった。失敗に終わったのだが。
口の中の麻酔の残りを手ですくい取ることで、手の感覚を麻痺させることができるのではないだろうか、と考えた僕は、右手で患部に指を突っ込み、入念に撫であげる。
痛みで再び涙が出るが、すべては快楽のため。一念天に通ず。乾坤一擲。
そして血に滲んだ右手の指先を手のひら全体に広げ、5分待つ。
 
AM11:35
目に涙を浮かべて手こきを開始するが。
思うようにいかない。(いくはずがない)
僕の念は天に届かなかった。
「おちんぽください」と必死に喘ぐ姫川ゆうなに涙の別れを告げて、携帯電話の電源ボタンを押す。
ごめんな、おちんぽあげれなかった。
ブラックアウトした画面には、涙をぬぐう僕の不細工な顔が映った。
 


 
こうして僕の午前中は幕を閉じた。
二度と抜くもんか右下の親知らず。

ガバガバなワタシ

親友という言葉は照れくさくてあまり使うことはないけれど、僕が普段つるんでいる友達はきっとみんな親友なんだろう。
親友たちが僕を最高の幸せに導いていることは間違いない。
彼らがいなければ、時間と心を割いてまで仕事なんてしてないよ。
いうなれば、"遊ぶ金欲しさにやった"である。
yarigai?え?どこの国の言語ですか?
そういうことだから、僕のひと月のお給料は生活費を除くと交際費3万円、CD代1万円、タバコ7千円、FC2有料会員5百円、といった具合に消えていく。
これが一般的に多いか少ないかはわからないのだが、そもそもがペラペラの財布の口も友人に会うなり忽ちにして緩々にされてしまうのだ。
 
「お泊り旅行?行く行く~(^_-)-☆え、でもそんな!!おもちゃ(ニンテンドー64)だなんて、ドキドキしちゃう。やだ・・・そんな太い絆突っ込まれたら・・・ガバガバになっちゃう・・・。」
 
こうして僕のお財布はお友達のためなら酒だのオモチャだのを買い惜しまない買女(ばいた)として調教されてしまった。
それでもいつかお金が尽きるときが来る。
 
「でも、私もうお金がないわ!!」
 
「そんなこといっても体は正直だよ。お前のお口はガバガバだけど、お前のANAまでガバガバにしてやろうか?ほらここ、こ~んなに固くなっているじゃないか。なんだい?これ?言ってごらん。」
 
「ク・・・クレ・・・」
 
「もっと大きい声で!!!」
 
ANAのクレジットカードです・・・//」
 
「淫乱なANAだな。ご褒美だよ。よく言えた、な!!!」
 
言い終わるが早いか、怒張した絆が私のお口を貫くの。
 
こういう具合である。
まぁそんな手合いの輩は僕の友人にはいないのだけど。
 
剛田武はこれを「心の友(心友)」と呼んだものだけど、こういった生々しい肉体関係も厭わない親友を僕は「身友」と呼ぼう。
 
セフレやんけ~~~

恐怖の正体

やはり友達のいない環境というものは辛い。
宮城という地にやってきてからというもの、休日はひねもす本だの映画だの漫画だのドラマだのといった文化的な活動に憂身をやつしていたものの、どうも塞ぎこみがちになる。しかも、読む本は太宰治だとか谷崎潤一郎だとか、精神の安定を阻害するようなものばかりであるし、映画に至っては園子温キューブリックホドロフスキーなどエロだったりグロが飛び交うような、人間に内包する本質的な恐怖を取り扱う作品ばかりである。
そして独り言を言わない僕にとって言葉を発する機会などなく、せいぜいが近所のセブンイレブンにて店員に告げる「キャスター5mg、ソフトで」に限られてしまう。
こうなっては日々孤独の二文字の輪郭を掘り進めていくばかりなのである。 
孤独とは必然と己に向き合うことであり、恐怖をもたらす。
 
肝試しというものは、妖怪を求めて森や沼、川でおこなわれることが多い。
そしてそこいらには深い闇が点在し、妖怪が住む場所として挙げられるのだ。
しかしながら肝試しの最も肝になる怖さというのは、妖怪でも他の何でもない、ただ一人の自分自身と向き合うことである。
夜の森というのは、何も見えず、何も聞こえず、何もない。
街の喧騒からも隔離され、他人との会話も通信することもままならない。
つまり、無意識に潜む他人との関りを断つことで、自身の存在が浮き彫りになり、否応なしにその存在を意識してしまうことになるのだ。
だからだましだましに一生懸命切れかけのライトで照らそうとしたって、ほら、別な場所にもっともっと深くて暗い闇が生まれるんだよ。
それが転じて"病み"になって、姿形を与えられた「妖怪」として僕たちを苦しめるんだよ、ワトソン君。
 
我が部屋は幸いにも採光に優れ、電波も通じる。
かの危機的状況にもかろうじて闇を作らずに済むのだが、こうして心の健康を脅かす作品にばかり興じていては危険だ。
そういうわけで昨日は日がな一日すね毛を抜いていた。
これは大変心の健康に有効で、一心不乱にすね毛を抜毛することで、奥底の自分と向き合う必要はなく、いってしまえば仮初の形を纏った表皮としての自分と向き合うだけで済む。
わはは!抜くべきすね毛がある限り無敵でアル!!
そして僕はこれから女体化するのだわよ!!!!!!!!
あぁ、もう体の中から女体化したワタシが・・なにか問いかけてきている。
え?なになに?なんか用かい?