日に6回コーヒーを淹れる。
淹れると言っても、バリスタマシンのボタンを2回ほどポチっと押してやれば、安い粉から安い味のコーヒーが自動的に染み出てくるのだが。
1回目は起動、2回目は抽出。
僕の勤務する会社は空気の底だから、ため息がどんどん満ちていく。
そんな時にコーヒーを淹れ、待ち時間に3階の給湯室の窓を開けて外を見るのが心の安らぎなのだ。
この日も6回目のコーヒーを淹れようと給湯室に向かった。
バリスタマシンを起動して、水を補給して、抽出ボタンを押してやる。
ガガガガと音を立てるバリスタマシンを横目に、シンクの向こうの小窓を開けてまだまだ凍てつくような寒さの外気を大きく吸う。
線路の向こう側の工場の煙突はいつもと変わらずに煙を吹いている。
工業地帯特有の広い片側2車線の道路は車通りも少なく、橙色の街灯群がただただ道路を照らすのだ。
束の間のひとりぼっちが心に染み入る。
静岡を思い出した。
人のいない工業地帯、橙色の街灯。
2013年夏、僕は自転車で日本縦断をしていた。
夏の盛り、日が落ちていくらか気温が下がる夕刻になると、誰もいない工業地帯の臨港道路でメリメリと車輪を転がしたものだ。
グングン伸びるサイコンの距離計に気持ちをよくして、ペダルを踏む足に自然と力が入る。
遠くの夜景を落ち着いて見ようと思ったところで、快調の脚を止めて自転車を降りた。
そのまま腰を下ろしてタバコをくわえたところでメールが来る。
文面には「今のハヤシにちょうどいいよ」という添え書きに、ハナレグミの歌う「Don't Think Twice It's All Right」のyoutubeのURL、歌詞全文があった。
独りぼっちの孤独なセカイに陶酔する。
フラれたばかりの僕を慰めるような歌詞と歌声に、声を上げて泣いた。
吐き出す煙、橙色の電燈、見渡す限り猫の一匹もいない2車線の臨港道路は、冷たい風を伴ってやってきて、感傷的な気持ちを呼び起こした。
今年、僕は結婚するだろう。
ともすれば、制度に縛られた僕と彼女の関係はきっと永遠だし、僕は2度とフラれることがないのだ。
(誰だって離婚すると思って結婚する人はいないでしょう・・・)
今まで幾度となくフラれてきた。
フラれて猛烈に泣き続けて、泣き止んでも泣き止んだことによる静寂が恐ろしくてまた泣き続けて、わざわざ思い出を振り返ってまた悲しみの輪郭を浮き彫りにしていく。
やっぱり人生のどん底だと思えるほど落ち込んだし、二度とフラれたくないとも思う。
広いセカイにまるで自分が一人だけであるような錯覚に陥ると、もう凋落していくほかないのだ。
でも僕には友達がたくさんいた。
「飲もうぜ」とか「銭湯行こうぜ」とか、まぁ動機は不純で、人の涙をつまみに酒をのもうってんだけど、悪くはなかった。
セカイにひとりぼっちの僕と、それを救ってくれる友達。
この時ばかりは、僕のヒドいナルシズムを誰もが受容してくれる。
あの、遠くの出口への険しくもない平坦な道を眺めながらも、だらだらと洞窟の奥で体育座りをするような感覚は、もう金輪際ない。
きっと僕はもうフラれることができない。
矛盾した悲しみを抱えながらも、やっぱり結婚はいいだろうな~と思う。
妙に感傷的になりながらズズズと吸ったコーヒーは熱くて苦い。
ガタンと閉めた窓の向こうのセカイ。
3月の冷たい風に、僕のセンチメンタルも吹き飛ばされた。
おし、仕事仕事。